土曜日, 2月 19, 2005

■ 「パソコン通信」の足跡

 司馬がコンピュータでの通信というものに触れたのは1984年くらいだったと思いますが、当時通っていた大学のコンピューターセンターのメインフレームで、当時の東京大学大型計算機センターへTSS(Time Sharing System)接続した時が最初でした。当時は300ボーの音響カプラを使っていましたが、離れた場所にあるコンピュータに接続して操作できるというのが不思議な感覚だった記憶があります。
 その後某コンピューターメーカーに就職して、そこの会社で当時流行り出していた「JUNET」と呼ばれる学術系のネットワークに会社のコンピュータを接続させる仕事をしたのですが、いわゆる「人と人との間でのメッセージのやり取りにコンピュータのネットワークを使う」というのはそれが初めてでした。1988年くらいだったと思いますが、会社の仕事でとは言え、ずいぶん遊んでいた記憶もあります。
 その当時、既に「パソコン通信」と呼ばれるものが普及する兆しがあったのですが、実はその当時は手を出さないようにしていました。会社のJUNET接続で電話代がかなりかかっていた(月額10万円に近かった)のを知っていましたので、「あんなものに手を出したら、電話代で破滅する」と思ってましたから(苦笑)

 ということもあって、実は司馬がNIFTY-Serveに手を出したのは意外に遅くて、1993年の夏でした。

 で、予想通りハマるわけで(爆)、チャットとかフォーラムにはずいぶんハマりました。
 実は、「司馬鹿太郎」というハンドルもその当時から使っているハンドルそのままです。

 ただ、その頃から会社ではインターネット接続もしていて、1995年頃にはWorld Wide Webなども使い始めていましたので、恐らくパソコン通信というものも、そちらに移行していくんだろう…とは思っていました。
 NIFTYに参加した当初から、「フォーラムの定期巡回」のようなことをやっていましたが、フォーラムユーザーの減少が目に見え始めた2002年の初めくらいからはそれも止めてしまっていました。
 一応、NIFTYのIDだけはまだ残してあるのですが、当時巡回していたフォーラムの数々も、現在では既にWebなどに移行してしまっているようです。

 今回@niftyが終了するサービスは、いわゆる「TTY(teletype)型のパソコン通信サービス」ですから、恐らく現在そこの世界に残っているフォーラムも、何らかの形でWebベースに移行していくか、役目を終わって消えて行くのだろうと思います。

 そういう意味では、「ひとつの時代の終わり」ではあるんでしょうね。

 今回の話はいろいろなニュースサイトなどでも報道されていて、司馬もその中の報道のひとつで話を知ったのですが、その報道に接した時に最初に感じたのが、「そう言えば、NIFTY-Serveで遊んでいた頃から見ても、ずいぶん遠くへ来ちゃってるんだな…」という感慨でした。
 当時一緒に遊んでいた連中のうちの何人かとは今でも連絡を取っているのですが、その他の大部分とは既に連絡が取れなくなってしまいました。皆さんどうしてるかな。